カラダとココロの欲求に素直にこたえる


KAUA'I Flower Essence
Discover your own ・・・
Work shop at Megamiyama Center in Nagano


ワークショップのお知らせを聞いたのはカウアイ島を訪れていた知人と私のメールがクロスした後だった。
私からはカウアイ島でうけることができるフラワーエッセンスのリーディングのおすすめメール。
彼女からはすでにそのリーディングをうけ、興奮した内容のメール。
私はこの夏、カウアイ島にいっておきながらそのエッセンスリーディングを受けることなく帰ってきてしまって
後悔していた。


そのフラワーエッセンスのリーディングをしてくれるのはKen(Ken Calson)さん。
カウアイ島の海も山も渓谷も空も見渡せる丘の上にあるお家でリーディングをうけることができるのだそうだ。
Kenさんはサイキックであまり細かなカウンセリングを必要とせず、声などを通して受け取るエネルギーからエッセンスを選択される。そのため日本でもスカイプを通してリーディングをうけることが可能らしい。(文末に連絡先記載)

私が今夏、カウアイ島に滞在できたのはほんの1日半ぐらいの時間でその地を知るには十分な時間とはいえない。それでも、ハワイ島しか訪れたことのない私は、そのあまりにも違う雰囲気に驚いた。
頬をなでる風や風に誘われる波の力強さとは対象的に島の持つ「気」の優しさ。
きっとGarden Islandと呼ばれる名が示すとおり植物の多さがそのベースになっているからかもしれない。
そこでつくられているエッセンス。その時、本当にその人に必要なエッセンス。変容を促すエッセンス。

カウアイ島でリーディングをうけなかったのはきっと必然だろうと、もろもろの諸事情をのみこんでワークショップに行く背を押した。





ワークショップは長野で行われた。それが偶然にも実家の近くだったので行く方向に加速がついた。
新幹線から上田駅に降りたときにはすでにかなり寒かったけれど、ワークショップが行われる女神山センター
の寒さは街より温度が2〜3度低いと聞いていた。
私はここ3,4年は冬でも10度を下回ったことがない生活をしている。四季はない。2シーズン。
しかも実家といえど寒さが苦手な私は冬に長野に戻ったことなどそうそうなくて、想像がつかなかった。

なぜか、わくわくしていた。
四季の移り変わりが恋しくなっていたからかもしれない。
到着するまでの道々の山はまだ、カラフルな彩りをみせてくれていた。


参加する人がみんなそろった。
ちょこっとだけの自分の説明と明日からの自分を紐解くツールの説明。
食事と入浴。正味丸2日間ぐらいのお付き合いの人との関係は少しずつ距離が近づいてくる。
最近、こういうときにふっと思う。癖になってる。
どこかで縁があった人たちなんだろうなぁ。「この生」以外の「いつかの生」で。

とんとんとんとんとんと時間は過ぎていく。静かに静かに。
いつもいつもは無理でもたまにはこうやって流れる時間を意識してもいいのになあ。と思ってしまった。

そして・・・。
「あれ、これ私の誕生日じゃない。」


そろそろワークショップがおわるころそれは発覚してしまったのだ。





その地点まで私たちはHumanDesignSystemというものから自分を紐解いていた。

HumanDesignSystem(以下HDSと記載)

*以降、下記の情報をから得た知識をちらっとご紹介します。
■Kenさんの説明。
■偶然か必然かなぜか、ワークショップが行われた女神山センターに「気の森」(雑誌)のバックナンバーが置いてあり、その中にあったP6にわたるHDSの特集内の説明。
■戻ってから調べたインターネット検索(情報ソース文末に記載)からヒットしたページ。(決して多くはなかった。マニア系かも


HDSは出生時間を含む誕生日、出生地から割出される、「自分を知るツールの品種改良や〜!」(彦摩呂風
みたいなものだった。(若干、乱暴な説明だけど
気の森にはびっくりマーク2つつきで見出しがついていた・・・。
「東洋の叡智と西洋の科学を統合した自分を知るためのツール!!」


占星術で作成されるホロスコープはその人の「生まれた時」を元にするけれど、HDSは「生まれた時」と「生まれる88-89日前」を元にする。88-89日前というのはそのころ、母の胎内にある生命は大脳を形成し、魂を呼び込むのらしい。この時、「自分」と言うものを形作る。例えるならば写真のネガみたいなイメージ。そして実際の誕生日にめでたく現像され、写真として輪郭をもつ。赤ちゃんとしての誕生。この2つの「時」がキーになる。

恒星で生まれるエネルギー体、Neutrino(中性微子)は常に地球上にふりそそぐ。地球に到達するまでに宇宙空間を漂い、その間に色々な惑星の影響をうけエネルギーを背負ってくる。そしてその2つのキーになる「時」に生命のシナリオを私たちのDNAにプログラムする。個々がユニークな存在としてデザインされる理由。

偶然か必然か物理学でもNeutrino(中性微子)というものがある。素粒子(そりゅうし)という物質を構成する最小の単位。その中にある素粒子の1つがNeutrino(中性微子)。前に小柴昌俊さんがノーベル物理学を受賞したけれど。それが、これ?!特に宇宙におけるニュートリノの部分。現代的な科学と伝統的な科学で全く違う道から1つの同じ存在に到達する。しかも現代的な科学が遅れて到達。

そのニュートリノ(中性微子)は各惑星を通ってその情報を取り込みながらこの地球に到達し、私達の体を通り抜け、また宇宙の果てに飛んでいっている。宇宙から常に私たちのカラダに降り注ぎ、元来なんでも通過するので私たちは一生このプログラムから逃れることはできないわけ。

HDSは伝統的な科学の占星術(西洋、東洋とも)、易経、チャクラシステム(ヒンズー)、カバラ数秘、易経と現代的な科学の物理学、天文学、遺伝学、生科学の融合。

たぶん、つきつめていくと源は同じ。



そんなこんなで出生時間、出生地を含む誕生日から人を9つのポイントから個人のレーブチャートを割出していく。
よくいわれるチャクラは7つからであるけれど、HDSのセンターは9つあり。そのポイントにはちゃんと意味があるのだ。番号も7つのチャクラとは反対に頭頂から1、2、3とついている。番号のつき方は違うけれど、やっぱり、7つのチャクラと類似のエネルギーを司っている。
@ヘッドセンター:インスピレーション
Aアジナ:概念化
B喉:コミュニケーション、表現と具現化
CGセンター:自己、愛情、方向、重力
Dハート:エゴ、意思、自尊心
E脾臓:防衛、浄化、直感
F太陽神経叢:感情
G仙骨:セクシュアリティ、創造性、繁殖力・生命エネルギー
Hルート:ストレスを力にしていけるか否か


センターに色がついている場合それはDefined(定義されている)、色がついてないものはUndefind(定義されていない)とされる。
センターがDefindである場合、センターがあらわす意味を、自分自身で信頼できる、よりどころにするということ。
Defindのセンターが司ることについては自分自身を信じることができるから頑固で、人の影響も受けず、自分なりの確固たるものを持ってる。
Undefindのセンターをもっている場合は空白ゆえ、人から影響されたり、知識を外からもってくる必要があり、思い悩んだりするということ。
Undefindのセンターにはエネルギーがないということでなく、たりないわけでもなく、直さなくてはならないところでもない。人から影響を受けやすく、相手の意識を投影、反映するような揺れ動く要素が強いということ。
けれども意識して学べるところ。知識を得ることにより叡智を得ることもできるということ。けれどそこに到達するまでにはやっぱり時間がかかる、経験が必要ということ。だから人のセンターのすべてが定義されていないのは、そのためなんだそうだ。


こんな話がある。私がよく通っていた整体の先生がいってた。
一緒に勉強していた仲間の中に「奴は天才だな〜。」という人がいたらしい。
整体のセンスが抜群によく、教えられたことは100%やれるのらしい。
その先生が自分が思い通りできたことは1度だけ。苦しみながら見習い時代を過ごした。
やがて、後輩を育てる時がくる。その時、立ち位置は逆転。
その天才は教えられないのだそうだ。相手の気持ちがわからない。
先生の失敗ばかり、挫折ばかりが生きてくる。どんどん後輩に指導していく。
それは自分が通った道だから、経験したことだったから。
その後、その二人とも開業するのだが、(その整体はちょっと特殊な整体だったこともあり)開業してからも閉めようか、副業を持とうか自分も悩んだし、相手も挫折し、今がある。

どっちがいいといいうことはないのかもしれない。
いい悪いでもないのかもしれない。
要素がちがうだけ。

Defindのセンターにしたがって生きれば、生きることがラクになる。
これが自分の本質を知ること。自然体ということ。
本質にないものを求めると苦しい、本質にないものは吸収はできるが自分ではなく借り物にすぎない。
ということ。
よくいわれることだが、花は花の美しさがある。その花はその花として美しさを持っている。竹は竹の素材だからできることがある。そして竹は竹として美しい。樫の木は樫の木だから作れるものもある。樫の木を竹と同じようにしてもよさはでてこない。みたいなものかな。


それから、HDSのなかにこんなことがある。
Fの太陽神経叢のセンターがUndefindにもかかわらず感情的だといわれることがあるらしい。
それにはこんなからくりが・・・。
Defindの人が感情を我慢している場合、近くにいるUndefindの人にそれは投影される。
Undefindの人は2倍になってそれを受け止め表現してしまうのだ。
だからDefindの人は自分の感情を責任をもって処理すること、発散することが必要。
とかく我慢が美徳とされている日本ではそんなことも難しい。
そして行き場がなくなったエネルギーは破壊的になってしまうこともある。
Defindの人の「感情」は人に投影させてしまうためちゃんと発散する責任があり、
Undefindの人は今、感じてる感情は本当に自分のものなのかいつも自分をみてあげないと
本当の自分は生きることができない。

これは自分で感じたことだけど、自分の中に本来は存在している特質も、
生まれてずっと育てられた環境などによって表面に出てくる表現のされ方はちがってくる。
やっぱり親や学校、地域、生まれた国の影響を一人一人は背負ってくるのだ。
人の影響を受けにくく、自己信頼がはじめから備わっている人もそれに気づかなければ自分を生かせない。
自分のレーブチャートをみても自分がこんなに要素を持っているんだって驚く人が多かった。

どのくらいの人が本当に自分が持っている要素を知っているのだろう。
生かせるのだろう。



それから、HDSでとても大きな要素となる5つのタイプがある。

Gの仙骨のセンター(繁殖力、生命エネルギー)がDefindかUndefindか。(チャートの色の有無)
このセンターは世界にエネルギーを発信していくことができる源。
精力や体力を生み出すカラダの発電機のような役目をするところ。

色がついている場合は
「GENERATOR ジェネレーター」
ジェネレーターの適応方法は、事や人が向こうからやってくるのを待ち、それに反応すること。
そしてその反応は、はい、いいえ、というようなマインドではなく「Aha(アハー):ははあ、へえ!」
という自分の奥からの感覚。
仙骨の方から来る腹の感覚を信じることが大切。そこに自分の真実がある。
大事なことは、自分が了承したときに受けること。
答えが出せないときは保留する。待つことで価値があがるらしい。

色がついてない場合は「PROJECTORS プロジェクター」
発電機を持っていない。エネルギーに自らアクセスするようにデザインされていない。
客観的に物事をみれるため他人のエネルギーとともに働きまた導く能力を持つ。
他人のエネルギーを投影しやすいため一人の時間をもつことが必要。

そして更にBの喉のセンター(具現化、表現力)がDefindかUndefindか。
「PROJECTORS プロジェクター」の中でも喉のセンターに色がついている場合
「MANIFESTOR マニフェスター」

具現化できるセンターをもっているため一人で行動することができるが抵抗にあいやすい側面がある。
切り離されたという思いをもちやすい側面をもっている。エネルギーを他の人の助けを必要としないで、
ひとりで出していくことができるので、基本的に独立行動タイプ。

「GENERATOR ジェネレーター」の中でも喉のセンターに色がついている場合
「MANIFESTING GENERATOR マニフェスティング・ジェネレータ」
ジェネレーターの適応方法はかわりがないけれど、自分にとっての明確な反応がでたらマニフェスター
としての行動が可能になる。

そして
すべてのセンターに色がついていない場合「REFLECTORS リフレクター」
自分の内に頼りとなる性質を持っていない。自分の中に存在する一貫したものがない。
グランディングさせてくれる人を必要とする。賢者になるか、道に迷ってしまうか。
マイケルジャクソンはリフレクターなんだって。どんなに莫大な富をかかえることができたとしても
自分を生きているかとは別なことらしい。

ちょっとむずかしいね。

*自分はどのタイプ?!興味があるかたはこちらへGO!:http://jovianarchive.com/newcomers/



今回、Kenさんのワークショップでは各センターのDefindとUndefindの場合にどのような要素が考えられるかということをさらっと教えてくれた。
基本的には1つのセンターで1日レクチャーしてもたりないくらいの情報があるらしい。
すべてをレクチャーするのは無理な話なのだが・・・。
自分の傾向と照らしあわせ、いつもいつもつまずいてしまうところはどこなのか、
自分の核の部分を把握するためにツールとしてこれを使い、
Kenさんのフラワーエッセンスのリーディングと結びつけて説明をしてもらったのだった。


私はセンターの定義の中でちょっと違和感を覚えていた。Dハートのセンターの話をしたときだった。
このハートのセンターはSelf Worth 自尊心を司る。
Definedの場合、自分に価値があると思える。悩んでも信じている。
Undefindの場合、否定に弱く、小さいことでも落ち込む、一生通して自尊心を試行錯誤しながら学ぶ。
人にやってあげることによって自分の価値、自尊心を満たす。
けれども、やってもやっても満足しない。いつでも他人に認めてほしい。


私に渡された私のチャートはBの喉のセンターとHのルートセンター以外のすべてのセンターがDefind。
色がないのは2つだけ。
DのハートのセンターもDefind。けれどここは私がずっと癒してきた感情だった。
今でも気を抜くとふーと無価値感に支配されてしまう。


「おかしいなあ。」ココロでちょっとつぶやいてみたりした。



*最初の私のレイブチャート。


2日目の遅い午後、Kenさんから「too much for today・・・」といわせるぐらい
みんなは単純なもの、複雑なからくりや様々な質問をした。
私たちは
Kenさんを除いてワークショップのオルガナイザーのYuriさんとPaulを入れて10人。
1つのグループだったけれど、そこには10通りの、
いやいや人それぞれであるからきっとKenさんもいれて11通りのHDSがあったにちがいない。
みんなはそれぞれの受け取り方、解釈をしたような。そして新しい自分をみつけた・・・。
というより新しい自分への「見方」をみつけていたような気がする。


夕食の後はリーディングタイム。

そのころはすでに日が落ちてあたりは真っ暗。
闇が広がっていた。

蛍光灯でない温かい光がよけい現実と距離を置いていた。

HDSで自分のコアな部分の輪郭を確認し、今、自分に必要なエッセンスのリーディングを選んでもらう。
Kenさんのリーディングは時間を必要としない。
すーと相手のエネルギーをうけとったら、次の瞬間10本ほど入っている圧倒されるほどの箱の中から3箱ぐらいをポンポンととりだして、それぞれ蓋をあけると、次の瞬間すっと1本をたてる。
この時、Kenさんには箱も、エッセンスも選び出されるものは光って見えるのだそうだ。


2ヶ月待ったリーディング、時がきた。私の順番だ。

まずはHDSのチャートの説明。

その時、こんなことが私のココロにはあった。
「何がしたいんだろう。」っていう自分の問いに自分で答えられなくなってた。
ずっと割り切れなくてもやもやしていたことが割り切れてきた。
目指していたものの根がみえて、それはただのこだわりだったことがわかった。
なんでこんなものにこだわってたんだろうって。(まるで、1つの恋のおわり
もう1つ上の次元からものが見えて、受け入れられるようになってくる。
だから欲しいものもわりと確かになってきた。

----ずっと何かを表現したいとおもってきた。
書きたい、書くことを生業(なりわい)にしたいと思っていた私。
けれどもこだわりが消えたとき私の架空の核が消え。何が私の核なのか。
そこに迷いはじめていた。

「じゃあ、今、何を書くの?」
ここのところそんなことを自問自答。


私の喉のセンターはUndefind。
一番欲しいものがないっ!?

注)Undefindのセンターにはエネルギーがないということでなく、たりないわけでもなく、直さなくてはならないところでもない。人から影響を受けやすく、相手の意識を投影、反映するような揺れ動く要素が強いということ。

@の
ヘッドセンターとAのアジナがDefindの私。
「君はこの中で一番スマートっていっていいよ。」ってKenさん。
「女性としての魅力も、直感も、自分の進む方向もすべて持っているけど・・・。」
うん、うん・・・。

この部分、最後に大どんでん返しがまっていた。(笑  最後までゆっくり、よんでね。

「・・・けれどあらわすことができない。さらにストレスあるとき、疲れていて休みたいとそれさえもいうことができない・・・。」
うん、うん・・・。

「具現化できる人をパートナーとして・・・。」
うん、うん・・・。

(うん、うんとうなづいているのが私。)


この表現できないということはホントに実感としてあり。
ずっと私が向かいあっているところ。
リレーションシップ、コミュニケーション。
人は理解されないと思ったとき、
自分を閉じ込めることを覚えてしまう。
人に合わせることを武器としてしまう。

どこにいってもこれがでてくる。
最終的にはそれを超え、自分を知り、自分を生き、自分を表し、愛を知る。
「あなたは愛されるために生まれてきた。」
と過去何回か信頼できるリーディングでもそういわれたけれど。
楽しみを知るために哀しみを知り、
喜びを知るために苦しみを知り。
喜怒哀楽はそのためにある。
愛されるために生まれてきたということは、その対極も知るということ。
愛されていない。愛されるわけがない。どこからか湧いてくる寒々とした思い。

「もう、やんなっちゃう。」
実はHDSの説明の中、この「もう、やんなっちゃう。」がぐるぐるしてた。


・・・それとは別に違う気持ちもあったかもしれない。
私にたりないのは2つだけ・・・。
どうしたら完璧になるかな。
そんないやらしい気持ちもあったかもしれないな。


そして待ちに待ちました、切望したフラワーエッセンスのリーディング!

Kenさんの説明に耳を傾ける。ココロも傾ける。
みんなもここにいる。だれかのリーディングの内容はみんなの中のどこかの部分の要素。
だから私たちはここに一緒に居合わせる。


3つのエッセンスが選ばれた。

★SilverPrincess (オーストラリア):
人生の方向性に改めて目覚めるよう促す。また、人生の岐路に立たされているような人々に、次の一歩をどちらに向かって歩み始めたらよいかの示唆を与える。またはひとつの重要な目標地点に到達してはみたが『これですべてなのだろうか?』と冷めた目で状況をとらえているような人にも最適なエッセンスで、そのような場合には次の目標を見いだし、そのゴールに向かって奮闘していく上で、プロセスを楽しめるようにも助けてくれる。

★Lehua (カウアイ):女性性を高める。しばらくの間無関心に近かったあるいは固く閉ざされていた性的エネルギーを活性化してくれる。男性の中にある女性的な側面を高めてくれる作用もある。

★Pineapple (カウアイ):チャクラを開きその力を増幅させ、クラウンチャクラを浄化する。エネルギーをクリアにしエネルギーをチャージし、楽観的なものの見方を回復させたい人に最適。(過酷な状況の中でも希望を捨てない非常にポジティブなエネルギーを与えてくれる)

(Described by Yuri-san)


このエッセンスたち、最近の私がみないようにしていたもの、後回しにしていたものをちゃんと表面にだしてきてくれていた。100%私に「今」必要なエッセンス。後から考えると、あまり、HDSには関係なかったかな。
「あれ、これ私の誕生日じゃない。」
そろそろワークショップがおわるころそれは発覚してしまったのだ。

なんと私のレーブチャートだと思っていたものは私の誕生日ではなかったのだ。(泣笑
すぐに女神山センターにある動作の遅いといわれているPCにチャートを取り出しにいったのだけど、
インターネット接続が昼過ぎまでできないということで確認できず。
ランチをすぎると、どういうわけか女神山センター周辺が停電。
・・・こんなことは女神山センター始まって以来ないこと。って。
「どういうこと〜?」

初めのうちはそんなんでもなかったのになんだかちょっと動揺した。
こういうときに私はすごく平気なふりをする。動揺しながら、平気なふりをしながら結果がでてくるのを待った。
喉のセンターは?スマートとKenさんがいったセンターは?ハートのセンターは?
私のほんとのチャートは何がDefindなの?どれが色つきなの?
頭の中はうずまきだらけ。

でもこの世は意味のないことはおこらない。のだよね。きっと。

そして、だい、どんでんがえーし!

結局でてきたレーブチャートはこ・れ。
まっ白ばかり。
色がついていたのは2つだけ。

世界にエネルギーを発信していくことができる源。
精力や体力を生み出すカラダの発電機のような役目をするGの仙骨のセンター。
自分が誰か誰か知っているところ自身の強い感覚とその方向を感じるCのGセンター。

喉のセンターはなかった・・・。


うなづけた。



*実は私のほんとーの私のレイブチャート。


レーブチャートがでてみんなが集まるまで少しの時間Kenさんと話をしてみた。
人は不思議だと思う。
今回の場合、
私は「@のヘッドセンターを持っている人スマートな人」
という情報がみんなに与えられた。
なにか情報をもたらされたときに人はそういう目でみるようになる。
そして本人もそう思い込んむ。たとえそれが間違った情報であっても。

以前、こんなことがあった。
友人が二人。二人とも血液型がA型。
メモ帳が無造作に置かれているのをみて
「私、A型だからこういうのみると許せないのよ」ってメモを直していた。
「私も・・・」って二人で笑いあってた。
けれどそのうちの一人が海外に行って妊娠、検査したらO型だということがわかった。
その後あったときには「O型だとおもったら適当でいいんだーって思って楽になっちゃった。」って。
O型の人が適当かどうかはわからないけど知らず知らずのうちに情報に縛られてしまう・・・てこと。
身に覚えないだろうか・・・。

今回、私は私の中にその判断基準があり違和感を覚えてた。
それは自分の中から出てくる感覚。

「おかしいなあ。」ココロでちょっとつぶやいてみたりした。

は私の中の正解だったのだ。(正解という言葉が適切かわからないけど。)
そしてそれが本当のチャートにもでていた。
しっくりきた。

生身の私からでるエネルギーをリーディングして選択されたエッセンスも。
100%今の私にあっているものだと実感ができた。
しっくりきた。


違和感を無視しないで。



誤解しないでほしいのは機械的にだされるものや、情報はいらないものということではななく、
その情報を吟味すること、自分しか知りえない感覚を無視してはいけない。ってこと。

たとえていうと「はだかの王様」になりかねない。なのかな。



その後、Kenさんに「ワークショップをやってよかったですか?」って聞いてみたんだけど。
今回の出来事はそこに人が介在しないと今度のようなことが起きないことだと思ったから。
そしてそこから得るものも多かったから。
おこがましいけど「ワークショップもいいものではないかしら・・・。」
という気持ちを含めてした質問だった。
Kenさんはみんながあつまってから静かにその問いに答えた。

エネルギー的にProjecterの人の人との関わり方は魚が餌をつまむように、ちょっとかじって取り込む、ちょっとかじって取り込むといった感じ。
Generatorは相手に対して包み込むような形で関わる。
でもManifestorの人との関わり方はストレートに「ばん!」という形で衝撃になる。
KenさんはManifestor。Kenさんにとっては相手が何をうけとっているかでその答えはかわるのだそうだ。

真面目にそう答えてくれた。誠実な人なんだなぁと思った。

実はそれを聞いた私はおいおいと泣き出してしまった。
みんななんで泣いているかわからなかったと思うけど。
切ないような気がした。相手の気持ちが先にあるような気がした。
「Kenさんの気持ちはいいの・・・?」って。

それとお隣にいた仲良くなった彼女のリーディングの後の感情に呼応してしまっていたみたいだった。

私は感受性が強すぎるといわれたことがあるけど、HDSもそういう結果がでていた。
やっぱりそういうものを持って生まれてきているんだなーとおもった。
邪魔なもんだとおもったことがある。時々、それは自分をなくす結果になる。
それでも人のこと、人の感情を繊細にうけとることは自分へのギフトだと今は思えるときもある。
苦しんでいる人、悲しんでいる人の感情をうけとりたいような。
けれど、私の場合、大事なことはそれを人に対してすることによって自分の価値を認めるという
Dのハートのセンターを満たすために使わないことというのも理解した。
翻弄されないこと。
自分の感情としてしまわないこと。

・・・きっと。

「私は、もう、だれの役にも立たなくていいんだ。」
自分の価値をみとめたいがために。



今回、ワークショップは内容だけでなく、それを基に自分の感覚の部分への信頼も認識した。
私にとってこの内容はこのワークショップでないと(もちろん、間違いのチャートも含めて)、
受け取れなかったことかもしれない。




今は冷静にそう思えるけれど実は・・・。(笑
女神山センターを離れる頃、ちょっとグラウンディングしてないような、自分の所在がないような感覚があった。2つ目にでてきたHDSのチャートをみて自分に価値がないとちょっと感じてしまっていた。

注)Undefindのセンターにはエネルギーがないということでなく、たりないわけでもなく、直さなくてはならないところでもない。人から影響を受けやすく、相手の意識を投影、反映するような揺れ動く要素が強いということ。

帰り道、私は友人に迎えに来てもらう約束をしていた。上田駅から10分もしない駅で待ち合わせをして。到着時刻もメールした後、違う方向の電車に乗ってしまった。乗った電車はメールした到着時刻になっても一向に止まる気配がない。見たこともない窓の外の景色。次の駅でおりてホームを確認してもわけがわからない。ようやく全く反対方向にいってしまっていることだけ理解した。ボー然としてしまいベンチに座り込んでおいおいと泣き出してしまったのだ。

「これは誰の感情か・・・・。」なんて考えてる暇はありゃしない。いや、状態じゃない。
リーディングされたフラワーエッセンスをすでに取り始めていたからかもしれない。
ちょっと揺れていた。

「18時18分の電車みたいだよー」って心配した友人が電話してきてくれて、来た道を帰る。待ち合わせの駅で彼女の子供のお迎えをうけたのは約束の時間から1時間以上たっていた。そのころはもう、落ち着いていた。

自分を知ることはちょっと揺れるね。
この旅行から家に戻ってもう一度、気の森の資料のコピーを読み直してみたらこんなことが書いてあった。

色がないセンターには自由度がある。
アインシュタインはAのアジナのセンターが定義されていなかったからこそ
あのような制限のない自由な発想ができたのだ。

そしてまたこの色がないセンターは時として定義されることもある。
それは「人との出会い」と「現在の惑星の位置」によって。
また、各センターには他のセンターとつながるゲートいわれるものがあり
そのゲートの片側だけ開いているとき、もう片側をもった人と出会ったとき魅力的にうつったりするみたいだ。
惑星が入ったときも同じような状況になるらしい。(惑星の位置によるということ。)

やっかいなのはその人と交流があるとかではなく、オーラに入ったとき、相性現象はおこってしまうらしい。
であった瞬間ひらめいて電撃結婚したけれどまったくあわないで離婚。
それは周りに人がいっぱいいたとか惑星の影響なども原因になるらしい。
ダイアナ妃とチャールズ皇太子もこれにあたるらしい。チャートではお互いに興味を示す要素がみつからないらしい。
一緒に亡くなったフィアンセとはパートナーとしての要素があったと記載があった。
これがすべてではないけれど。
幸せになる要素は生かしていけるといいと思う。できたらより多くの人が。
そして、自分の感覚とともに。


それからHDSでは誰もが38〜42歳の間に転換期があるって書いていた。
人生前半は吸収。後半は放出。前半にいかに吸収したかで後半に大きな差があると。
おそるべし、人間の変容。サターンリターンだけじゃないらしい。

たのしみだね・・・。

これからも人との出会いと惑星の位置は私の人生を大きく揺さぶってくるだろう。
数多くの『袖、触り合うも他生の縁』を超えて、今、なおそう、思う。


そして今回の旅の終わりに新しい仕事が決まった。
その仕事の一部に「書くこと」もあるらしい。

女神山センターの自然とおもてなし、出会いと、ワークショップの内容。
3人のワークショップの担い手。Yuriさん、Paul、Kenさん。(あれ?Paulだけ”さん”がついてない・・・)
Yuriさんは一人一人の話をしっかり聞いて、自分のこともちゃんと話していた。
一方的な態度ではなく「うけいれる」って自然な態度だった。そこにその人がいることで安心できる感じ。
Paulはマスコット的なキャラクターでみんなを笑顔にしてくれてた、そして時々、「すっ、するどい」みたいな。
そしてKenさんには・・・あまりに色々あって。表しきれない敬意があること、ここに綴ります。


澄んでいた空気の温度とは反対に温かかった。
すべてに感謝する思い。ありがとう。



そして、あなたに最後まで読んでくれてありがとう。






日本にてスカイプを通してのKenさんのリーティングをご希望の方はこちら:
ヒーリングサロン 'Ano'Ano:http://anoano.main.jp/

HumanDesignSystem参考サイト
http://humandesign.hp.infoseek.co.jp/

http://nanadream.com/hd/system.htm



(Nov 2007)

Topへ


copyright All rights reserved by ココロとからだの欲求に素直にこたえる 
*このサイトにあるすべての情報、画像、テキストは著作権によって保護されます。情報・写真の無断転載を禁止します。